ドキュメンタリー映画「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」田部井監督インタビュー
この記事で一番痺れたのは他でもない。この一文。
『君が何かを買うとき、お金で買っているのではない。お金を得るために費やした人生の時間で買っているのだ』
やはりムヒカ氏の言葉だ。
我々はモノを買う。時に生きるために、時に他の人よりも優位であるために、時に瞬間の買い物の快感を味わうために。
生きるために買い物する。これほどありがたいことはない。他の誰かが、僕の為に米を栽培してくれ、パンを焼いてくれる。そして温かい服を作ってくれて、水道とガスを供給してくれる。
資本主義バンザイだ。
その一方で、他の人よりも優れていることを魅せるための買い物がある。ブランドバック、高級車、豪邸。
人より優れていると思ってもらうための買い物なんてしない。という人でも、人並みであるために、恥ずかしくないバック、恥ずかしくないファッション、恥ずかしくないランクの車を買ったりしている。
自分の親世代、祖父母世代にはその傾向が強い。他の親戚に見劣りしないこと、近所で見劣りしないことにこだわって、大切なお金を使ってしまう。
この競争はぼくが見るに本当に悲しく思える。人生を切り売りしてまで参加するゲームではない。
そんなものではなく、本当に自分が欲するものにお金を使って欲しい。
だが、世間という魔物はそれを許さないらしく、今日も見劣りしないようにとお互いを横目で見ながら買い物をしている。
資本主義に必要以上に人生を切り売りしないためには、このラットレースから抜け出すには、「ぼくは貧しい、だからどうした?と言える勇気」が必要なのかも知れない。
2010年3月から15年2月末までウルグアイの大統領を務め、“世界一貧しい大統領”として日本でも話題になった、ホセ・ムヒカ氏(85)の姿を追ったドキュメンタリー映画「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」(20年)が、現在公開中だ。「世の中は変わっても、ムヒカの言葉は時代の変化に耐えうる強さがあると思います」。そう力強く語るのは、ウルグアイに5回訪れ、自身の子どもに「ほせ」と名付けるほどムヒカ氏にほれ込んだ同映画の監督で、フジテレビ社員の田部井一真(かずま)さん(37)だ。【西田佐保子】
◇ムヒカの多面性を伝えたかった
「私たちは発展するためにこの世に生まれたのではありません。幸せになるために生まれてきたのです」。12年6月にブラジル・リオデジャネイロで開かれた国連会議におけるムヒカ大統領(当時)のスピーチ動画を見て、「南米にこのような素晴らしい大統領がいるのか」と感服したと話す田部井さんが、当時担当していた情報番組「Mr.サンデー」のためウルグアイで退任直前の大統領を取材することになったのは15年2月だった。その模様を収録した放送が話題を呼び、16年4月にムヒカ氏と妻のルシア・トポランスキーさんが初来日した際、2人の姿を追う特別番組が放映された。
しかし、田部井さんは「本当に悔しかった」と当時を振り返る。「実際にムヒカに会ってみると、“世界一貧しい大統領”というキャッチコピーに収まりきらない、さまざまな顔があります。特に日本だとチャーミングな笑顔が取り上げられますが、実は、頑固で厳しい表情をされることが多いんです。そんな彼の多面性を番組では伝えられませんでした」
「ブームで終わらせず、彼の姿を残したい」。帰国するムヒカ氏を空港まで見送りに行ったその日に、ドキュメンタリー映画を撮ることを決意した。しかし、エミール・クストリッツァ監督のドキュメンタリー「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」(18年)をはじめ、これまでにムヒカ氏を題材にした映画は、数多く撮られてきた。
自分に何ができるか――。そのヒントは「菊」にあった。初対面の田部井さんにムヒカ氏は「日本にはとても感謝しています」と語った。後に、7歳の時に父を亡くしたムヒカ氏が家計を支えるため、ウルグアイに移住してきた日本人からが花卉(かき)栽培を教わったこと、今も自分の農園で花を育て続けていることを知る。そこに、田部井さんと父との思い出の花である「菊」も栽培されていた。
「『日本とムヒカ』を切り口にしたドキュメンタリー映画を作ろう」。そう心に決めた。「人生で一番大切なことは、歩むことだ。転んでも立ち上がり、再び歩むんだ」。そんなムヒカ氏の言葉を胸に、再びウルグアイに飛んだ。テレビ局での通常業務をこなしながら、ムヒカ氏やムヒカ氏と交流のあった日本人へのインタビューを重ね、来日時に撮りためていた映像とともに映画を完成させた。
◇「私」を主語にして、ムヒカの言葉について考えほしい
16年に来日したムヒカ氏は、広島、長崎、沖縄に行くことを強く希望したという。結局、滞在時間の関係もあり、訪れたのは広島だけとなった。「ムヒカは足が悪いので移動用の車を用意しましたが、『自分の足で歩きたい』と言って、原爆ドームから広島平和記念資料館まで歩きました。言葉を発することはなく、始終険しい表情でした」と田部井さん。
もう一つ、ムヒカ氏が望んだことがある。それは、日本の若者との対話だった。映画には、東京外国語大学で学生を前に講演会を行い、質疑応答の場面で「不満を持っているだけでなく闘いなさい」と訴える映像がある。時に涙を流し、真剣な表情で耳を傾ける学生たちの姿をカメラが捉える。
「ぜひ、若い人に見てもらいたいですね。『ムヒカ、いいこと言ってるね』ではなく、自分はどうなのか、『私』を主語にして、その言葉について考えてもらえれば、映画を作ったかいがあります」
最後に、一番印象に残っているムヒカ氏の言葉は何かと田部井さんに聞くと、「毎日変わってくるんですよね」と悩みつつ、「『君が何かを買うとき、お金で買っているのではない。お金を得るために費やした人生の時間で買っているのだ』ですね」と答えた。
「田部井さんがそうおっしゃられても『本当かな?』と疑ってしまいますね」と返すと、「確かに、この作品を撮っていた時にはその言葉を無視して、働いて、働いて、でもそうしないと完成できませんでした。どうしても撮りたいという意思が強かったので。はい、ごめんなさい。説得力がなくて」と笑った。
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◇たべい・かずま
1983年9月9日千葉県生まれ。早稲田大学卒業。07年フジテレビ入社、情報番組・ドキュメンタリー番組のディレクターを務める。14年女性の貧困を追った「刹那を生きる女たち 最後のセーフティネット」で、第23回FNSドキュメンタリー大賞を受賞。20年「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」でドキュメンタリー映画を初監督。
◇上映情報
【ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ】
シネスイッチ銀座(東京都千代田区)、渋谷・ユーロスペース(東京都渋谷区)などで公開中、ほか全国順次公開
公式ウェブサイト :https://jose-mujica.com/