1章 はじめに01 今日から始める国民年金(額)生活

 国民年金(額)生活ですから、皆さんは老後の話だと思うかもしれません。

 

 しかし、これは「国民年金生活」ではなく、「国民年金(額)生活」なので、別に国民年金の支給を待っている必要はありません。

 

 自分で生計を立てている人なら誰にでも、十八歳の若者も、お父さんも、お母さんも、オジサンも、オバサンにも届けたい新しい生き方の話なのです。

 

 現代社会は誰もが未来に生きています。

 

 若者は学びたい事ではなく、将来安定的な仕事に就くために有利なことを学び、働く人はやりたい仕事ではなく、より給料の高い仕事を選んで、家族により経済的に豊かな暮らしと、自分の老後のための貯金を作る。

 

 すでに老後に突入したお爺さん、お婆さんまでも、アパート経営やら、海外信託投資やら。

 

 怪しい投資会社が破産すると何千万と投資したお爺さん、お婆さんが被害を訴える映像が流れますが、彼らは一体、いくら資産を持てればお金の心配をせず老後を暮らせると考えているのでしょう。

 

 もはや社会全体が「お金」それ自体に取り憑かれているように見えます。

 

 一方で、生きていくのにお金が必要なのは紛れもない事実です。

 

 では僕らは一体いくらあれば幸せに暮らしていけるのでしょう?

 

 真剣にそのことを考えてみたことはあるでしょうか?

 

 多くの人があまり深く考えずにもっともっと、もっとお金が使えればもっともっと幸せになれると漠然と考えているのではないでしょうか?

 

 月に30万円あれば幸せになれる、40万あれば幸せになれる、いや月に100万円でも足りない。

 

 ではあなたはそのお金のために何を差し出しますか?そして何を差し出してきましたか?

 

 やりたい仕事ではなく、少しでもお金になる仕事を選び、お金のために理不尽な客に耐え、お金のために自分の倫理観を無視して自分でもグレーだと思うビジネスに手を染める人もいるでしょう。

 

 多くの人が「何より貴重な人生の時間」をお金に変え、「自尊心」をお金に換え、人によっては「良心」をお金に換えているのです。

 

 そこで私が提案したいのはお金のために「私の人生」はこれ以上は売り渡さないという「明確なライン」をしっかり決めませんか?ということです。

 

 生きていくのに必要なお金を把握することは、お金から自由になることでもあり、お金としっかりと向き合うことでもあります。

 

 では次回は幸せに暮らすのに一体いくらのお金が必要かということを考えてみましょう。

 

7章 娯楽編05 国民年金額で暮らす人の旅

 旅行代理店を覗いてみると、旅行のパンフレットが大量に、しかも無料で配布されています。

 

 しかも近場よりも遠く、国内よりも海外のほうがパンフレットも豪華で目を引きます。

 

 だからと言って海外旅行の方が国内旅行より、遠くへ行くほうが、近くへの旅よりも、満足度が高いというわけではないでしょう。

 

 遠くへ行くことか尊いのではないのです。

 

 ただ単に、旅行代理店としては単価が高い海外旅行の方が利益が大きいというだけのことだと思います。

 

 旅行代理店やマスコミは利益のために遠くへの旅をお勧めしますが、国民年金額で暮らすぼくは、お金を掛けずに楽しむために、近場への旅行に何度も出かけることをお勧めします。

 

 ぼくが近場への旅行を勧めるのには4つの理由があります。

 

 一つには時間です。同じ一週間の旅行でも、遠くに行けばそれだけ移動時間が長くなり、実質的に現地での観光を楽しめる時間は少なくなります。

 

 遠くに行けば、行くのに一日、戻るのに一日、さらに時差ボケで一日動けないなんてこともあるかも知れません。

 

 二つ目には実は近場の観光地は不思議と敬遠しがちということです。その理由はなぜかわかりませんが、東京都民はほとんど東京タワーに上りませんし、神奈川県民はそれほど鎌倉の大仏さんを見には行かないでしょう。

 

 なぜだかわかりませんがとてももったいないことです。

 

 今、日本は海外からお客さんを迎えるブームが来ていて、どこの観光地に行っても、海外からのお客さんがあふれています。

 

 つまり海外から来てまでも、見るべき価値がある場所がこの日本にはたくさんあるということです。

 

 近隣に観光地なんて無いという人もいると思いますが、地元の郷土資料館、地元の偉人に関する資料館、県立市立の博物館、小さな美術館、公園など、日頃、日々の仕事に忙しくて、気にしないだけで日本中に見るべきものがあります。

 

 ましてや、郷土資料館などは、地元民だからこそわかる楽しめる内容になっているはずです。

 

 三つめは、やはりここが大きいのですが、お金があまり掛からないということです。国民年金額での生活は基本、やりたくない仕事は最小限、お金は少し、自由な時間はたくさん、ですからここは重要ですね。

 

 地元の旅ですから、日帰りも可能で宿泊費が掛からなかったり、移動も、自転車や公共交通機関で格安です。しかも、地元の博物館、郷土資料館、公園などは税金が投入されていて、入場も格安だったり、時には無料だったりします。

 

 最後の4つ目は、こうして地元の見どころをしっかり見ておくことは、自分がどういうところに住んでいるのか、つまりはどういう人間なのかということをわかっておくということにもつながります。

 

 そして、これから日本にやってくるお客さんに地元の見どころを案内することができるようになるのです。

 

 日本人のツアーガイドに引き連れられて、ヨーロッパ旅行一週間に行った話を日本人の友人に自慢してまわる人よりも、海外から来たお客さんに紹介できる地元の名所をいくつも持っていて案内できる、その方がずっと国際人ですし、かっこいいと思います。

 

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 この時期(2019年4月)海外からお客さんが来て、桜が見たいと言わたら、あなたは案内できますか?

 

 家から歩いて行ける範囲では?

 

 電車で三駅まででは?

 

 夜桜が見たいと言われたら近場でライトアップしている桜は?

 

 さぁ、出かけましょう。毎日の生活に小さい旅行を、暮らしている地元をしっかり楽しみましょう。

 

 国民年金額で暮らす人にはお金はなくても、時間はたっぷりありますから。

 

 

『波止場日記 労働と思索』評価・感想・読書メモ

波止場日記――労働と思索 (始まりの本)

  • 単行本: 272ページ
  • 出版社: みすず書房 (2014/9/11)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4622083744
  • ISBN-13: 978-4622083740
  • 発売日: 2014/9/11

 

 自由と言う大気の中にあって多くを達成する能力の欠けている人々は権力を渇望する。エリック・ホッファー

ある社会の活力を判断するには維持能力を見るのが最も良い。どんな社会でも何かの建設のためにしばらくの間かけずことがある。しかし毎日よく手入れする力と技術は稀にしか見られない。ページ27
 
^_^ 日本は停滞していたと言われるがある意味、維持していたと考えることもできる。20年も成長せずに維持できたというのは快挙とも言える。
 
自分の国が飛び抜けた指導者を極度に必要としているのに気づくのである。これは不健全の兆候である。ページ30
 
^_^ 日本に一時、そのような兆候があったが、今は少しなりを潜めている。安倍総理というずば抜けてもいないし、最近はやや傲慢さを感じるがそこそこの指導者で満足することを知ったということか。
 
現代のあらゆる大衆運動においては、教師たちが不可欠の、そしてしばしば指導的な役割を果たした。また、かけてもいいが、アフリカの指導者たちの半分以上は元教師である。ナチの運動においては、小学校の教師たちが、際立った、そして決定的な役割を果たした。時々教えたいと言う衝動ー学びたいと言う衝動よりもはるかに強力で原始的ーは大衆運動を盛り上げる1つの要因なのではないかと考えたくなる。共産主義社会がどうなっているかを見れば良い。世界の半分は10億の生徒を持つ巨大な教室と化し、狂った教師たちの思いのままになっているではないか。ページ38
 
^_^ これはとても示唆に富む。日本における左翼にたくさんの教師がいること、そしてその根底には社会を我々が生徒と同様に導き教えなければならないという義務感が感じられる。とにかく彼らは自分たちが正しく賢いと思っているので話を聞かない。
 
決定的な疑問は、ニグロが果たして差別と言う言い訳を放棄するだろうか、と言うこと。人間は、成就感のもたらすつかの間の浮かれ気分を求めるために、永遠に通用する好都合な言い訳を放棄しようとはしない。さらに厄介なことがある。2黒の言い訳の正当性が低下すればするほどに黒はいっそう情熱的にそれに執着するであろうし、またいっそう大声で不平を鳴らすであろう。ページ44
 
^_^ これは韓国と日本の間にも同じようなことが起きているのかもしれない。韓国は植民地時代を永遠に言い訳にするだろう。それが日本を苦しめ、同時に韓国自身の足枷になっている。そして当の韓国はそれに気づいていない。
 
 
必要なもののためにあくせくしている間は、人間はまだ動物なのである。不必要なものや途方もないものを求めるときに、人間は、人間と言う独自の存在となる。ページ93
 
^_^ これは含蓄がある言葉だ。コスパ必要性とか言っているうちはまだ動物か。
 
20世紀最大の犯罪は、金銭欲にかられた資本家たちによってではなく、献身的な理想主義者たちによって犯された。レーニンスターリンヒトラーは、金銭を軽蔑した。ページ131
 
^_^ 金銭欲に目が眩んだ資本家の罪は赦されるのだろうか?それとも金は理想主義よりもゆっくりとせかいをむしばむのだろうか?いや、金銭欲に目が眩んだ資本家の行為が理想主義者に力を与えてしまうのではないだろうか?226事件ユダヤ人に対する怒り、世界不況。再び世界に破壊的な理想主義が台頭するとしたら強欲な資本家によ世界恐慌か。既に格差が広がることで危険な理想主義、排他主義国家主義が力を持ち始めているということもできるのではないだろうか?
 
私な欠点や欠陥にみちた社会に生きている。しかし。この社会はすべての人に好きなことをさせる十分なゆとりをもった社会である。決意した人が、何に望みをかけているのであれ、これほど妥協することなく前進できる国はない。しかし、干渉されることなく自己の能力と才能を発揮したい人々にとっては、この国は理想的な国である。この国では、自分が容認しないものー無作法、虚偽、順応主義、追従、ねこかぶり、その他の退廃的な影響や感化すべてーと関係を断つことが信じられぬほど容易である。
 
^_^1958年当時のアメリカでさえ、そうであったのだから、当然、現代の日本も同じように個々人が本当にやりたいことをやるだけの余裕がある。人々がそれに気づいていないだけである。
 
活気のある社会は、玩具に心を寄せ、必要なものを得るためよりも不必要なもののために懸命に働く人々の作る社会である。ページ165
 
^_^ 誰もが他人からどーでもいいものに熱中している社会こそが本当の豊かさかもしれない。
 
飛び抜けた指導者なしにやっていく能力は社会の活力のしるしである。ページ166
 
^_^ ここ数十年、優秀な指導者なしでやってきたということは日本はやはりうまく行っていたということの裏返しでもある。
 
若者と老人、成功者と失敗者の区別なく。それなりの悲惨さを持たの魂など全世界に1つとして存在しないように思えたのだ。ページ178
 
^_^ この世では誰もが重荷を背負っている。
 
どの国もその国の年少者にとっては良い国ではない。新たに到着した移民と同様に、
 
^_^ これは名言ではないか。意図的に切ったのだが。だからこそ若者は社会を変革しようとするのだ。
 
自由と言う大気の中にあって多くを達成する能力の欠けている人々は権力を渇望する。ページ190
 
^_^ 右寄りの人々は自由な空気がにがてなんだろうな。
 
モーゼは、いかなる移住も、いかなるドラマも、いかなるスペクタクルも、いかなる新話も、いかなる奇跡も、奴隷を自由人に買えないことを発見した。それはできない相談である。そこで彼はドレーたちを裁くに連れ戻し、奴隷の世代が死に絶え、新しい世代ー砂漠で生まれ育ったーが約束の地に入る準備ができるまで、40年間待った。
すべての革命指導者は熱烈に変化を解くけれども人々が変わりえないことを知っている。もう前と違って彼には手ごろな砂漠もなければ40年も待つほどの忍耐もない。そこで、成人世代を追放するためのパージとテロ。
面白いことに、客観的な科学の世界においても人間の頭脳は習慣にとらわれた日常生活の世界上に順応性に富むわけではない。新しい科学的真理は、その反対者の説得によってではなく、その反対者がついに死にたい、新しい科学的真理に馴染んだ新しい世代が成長するがゆえに勝利を得るのだとマックス・プランクが行っている。ここでもまた砂漠の40年が必要なのである。
 
^_^ここで思い出すのはカンボジアの悲劇。ポルポトは大人をことごとく抹殺した。どんなに新しい優れた思想が現れてもそれが当たり前になるには世代の入れ替わりが必要なのだ。人間が長命になればなるほどその入れ替わりには時間がかかる。科学は進歩しても人の意識は変わらない。
つまりは大人が柔軟に学ぶようにならなければならない。負うた子に教えられるのが当たり前にならなければならないのだ。高齢化が進む日本が停滞しているように見えるのは当然か。
 
98点

『インターネット的』著/糸井重里 感想・評価・読書メモ

インターネット的 (PHP文庫)

インターネットでの文章は、出来る限り「耳から読んでもらう」ようにして書いています。糸井重里

 
 
紹介書籍『安心社会から信頼社会へ』

 

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

 

 

紹介書籍『情報の文明学』
 

 

情報の文明学 (中公文庫)

情報の文明学 (中公文庫)

 

 

「やりたければやる」「選びたいものがあったら、もっと良いものを待つよりも、すぐにやる」と言うのが、インターネット的なのではないかと考えています。網羅的でもなく、情報選択の幅を狭く限定するのでもないやり方とは、やりたいことを逡巡しないでやってみて「まともに間違う」こと、そして次の何かを待っているよりも早く成功なり失敗乗りをして「何度でも試す」と言う方法なのではないでしょうか。ページ118
 
^_^ これはネット社会では常に言われているとにかくやってみるだね。
 
インターネットでの文章は、出来る限り「耳から読んでもらう」ようにして書いています。ページ148
 
^_^ 耳から読んでもらう。漢字を少なめにか。覚えておこう。
 
ただし、本当に素晴らしい芸術をお持ちしようなどとは、僕も考えちゃいませんから、本物の芸術家の方々はこんなことを言われてもお怒りにならないと信じます。ページ152
 
^_^このエクスキューズは本当に上手だ。こんなやり方を僕も他で使おう。
 
若い人がお金が入ったら焼肉を食べると言うのも、急に大金を手にした人がみんな超高価なスポーツカーを買うと言うのも、それ以外の思いつきようがないと言う「欲望の貧困」かもしれません。ページ180
 
^_^ 「欲望の貧困」はなかなか使えそうな言葉だぞ。
 
いいと思ったものを、他と比べないで褒める練習と言うのをやってみると言うのは、どうでしょう。結構、難しいのですが、自分の肥料になるような気がするのです。ページ220
 
^_^ 確かに何を褒めるのも他を貶めないとできない人っているよね。戒めよう。
 
88点

『ぼくたちは習慣で、できている。』

【目次】
1章 意志力は、生まれつき決まってる?
2章 習慣とは何か?
3章 習慣を身につけるための50のステップ
4章 ぼくたちは習慣で、できている。

 

『ぼくたちは習慣で、できている。』

要するに

何かをやり遂げたくば、努力や根性を持ち出すのではなく、それを習慣化することに知恵と意思力をつかうこと。

・才能は「与えられる」ものではなく、努力を続けた後に「作られる」ものである。
・その努力は、習慣にしてしまえば継続できる。
・その習慣の方法は、学べるものである。(ページ10)
 
ある研究によると、人の自由時間は1日7時間以上あると、逆に好太が下がってしまうそうである。見に染みて、本当にそうだと思う。時間のゆとりと、したいことができる自由は幸せの条件だと思う。しかし、それに1人生きることもまた、幸せではないのだ。(ページ18)
 
^_^ うーん。やりたいことが見つからない人はそうかもしれないなぁと思うけど今のボクは他の人がどうやってあんなに仕事をする時間を捻出しているのか不思議なくらいだ。GYAOでアニメ見て、図書館で借りてきた本をこうして読んで、ブログを書いて。そもそも自由時間ってなんだ?
 
「好きなことだけしよう」とよく言われる。それは正しい。しかしそれは「楽なことだけしよう」と言う意味とは全く違う。ページ19
 
一章まとめ 抜粋
・ 意志力が「強い」と思われていた人がそもそも誘惑されている「意識」すらなかった
・意識が呼び出されている時点で、どちらの報酬がより大きいのか、悩むべき問題になってしまっていると言うこと。
・習慣とは「ほとんど考えずにする行動」のこと。習慣にするには、意識自体の出番を減らす必要がある。
 
運動を実践している人はよく「ストイック」だと言われる。しかしそういう人たちは報酬を断っているわけではない。むしろ大きすぎる報酬を受け取っているのである。(ページ102)
 
二章まとめ 抜粋
・人の行動の45%は習慣である
・習慣にするとは、この「報酬」を書き換えることである。苦しい運動のような行為にも、満足感や陶酔感など大きな報酬はあるが、何度もその経験をしないと実感ができない。それは子供にとってのビールのようなものである。
・習慣にする方法とは、あらゆる手を使って、目の前のマシュマロから目をそらし続けることである。
 
「気分転換のための何かは、自分がさらに嫌になる何かであってはいけない」グレッチェン・ルービン
 
「少し飲むと言うことができないのだよ。だから絶対に触らない。私の場合、立つ事は簡単でも、量を抑える事は難しい」サミュエル・ジョンソン
 
どこかで自分も辞めたいと思っている人ほど、それを止めた他人を見て怒りを覚えることもある。片付けられない人や、ものが手放せない人がミニマリストに怒りを感じることがあるが、それはどこかでそれを気に病んでいるのだと思う。自分が本当に正しいと思うことをしているのなら、それとは違う行動とっている人に同情こそすれ、怒りを感じる事は無いはずだ。ページ129
 
日記のコツは事実を書くこと。
 
^_^ ステキなエッセイを書こうとしないことか。
 
『日記の魔力』
 
「やり始めないと、やる気は出ません。脳の側坐核が活動するとやる気が出るのですが、側坐核は、何かをやり始めないと活動しないので」池谷裕二
 
『人生を変える習慣の作り方』
 
『小さな習慣』
 
「今日が永遠に続くとしたら、自分はどんな1日を過ごしたいだろうか?」ページ174
 
「人には集中力なんてもともとない」ことを前提に仕組みを作ったほうが有益だ ページ192
 
用語 ペア読書
 
『ヤル気の科学』
 
way of life
 
モメンタム
 
戦略的二度寝
 
誰でも時間はなるべく有益に使いたいと思うし、習慣はそのためにある。しかし、24時間すべてを有益な時間にするなど無理だし、すべきでもないと思う。ページ232
 
^_^ これはキモだと思う。やるべきことをやることは必要だがやるべきことに占められた人生は生きたくない。
 
「今まで一体どれだけ走ったか。残すはたったの42キロメートル」高橋尚子
 
『小さな習慣』のスティーブン・ガイズは、習慣になったからといって決して目標を高くしないことを推奨している。腕立て伏せの目標は、100回できるようになったとしても1階のままで良い。日記やブログを書くことが習慣になり、毎日1000文字書けるようになっていたとしても始めた当初と変わらず目標は100文字で良い。「どうしても気が乗らない」と言う時は腕立て伏せ1回、100文字を達成するだけで良い。ページ252
 
^_^ これは大事なことかもしれない。ボクはできるからとハードルを上げすぎて、まったく自転車に乗らなくなってしまった時期があった。
 
「そうすることで良くなるかどうかまで考えない」梅原大悟
 
カナダの心理学者、ドナルド・ヘブは遺伝か、環境かの問いに対して「それは、長方形の大きさを決めているのは館の辺の長さと横の辺の長さのどちらかと言う遠いようなものだ」と答えている。ページ296
 
^_^ わかりやすい表現だ。他にもいろいろ使えそうだね。例えば、男女の幸福な関係は男と女のどちらかが、、、なんてね。
 
ほとんどの人にとって有効な目標は『機嫌の良い人になる』ことではないでしょうか」えらいてんちょう
 
幸福というものが貯金できないものだ ページ308
 
何かを得れば何かを失うし、何かを失えば何かを得ることもわかった。ここから身に付いた思考は「自分が持っていないことによって、得ている価値とはなんだろうか?」と言う問いかけること。
それは例えばこんな風だ。公園でピクニックをしている幸せそうな子供連れを見ると、僕のような人間にもまぶしく見える事はある。しかし次の瞬間、自分が得ている決まっまさや中の大きな価値に思い至るようになった。
大事なことをいちいち点検して考えずとも、自動的に思い至るようになること。大事なことを忘れようもなく、ただ毎日実行すること。それが思考の習慣だ。ページ316
 
^_^ これこそがこの本のキモかもしれない。何かを持っていないとしたらその代わり自分は何を得ているのか?人生におけるその問いの持つ価値はとても大きい。すべてを手にできる人などいないのだから。
 
今もっているもので飽きずに満足できた方が人間は幸せなはずだ。しかし、今持っているものに飽きて、新しいものを人間を求めるように本能に仕向けられている。だから、どこまでいっても悩み、不安が出てくる。人はそれを見つけてくる天才なのだから。どんな環境にも慣れ、飽きる。人はその機能によって繁栄したのだから。ページ322
 
「“あれせぇ、これせぇ“、“はい、はい“と、考える隙がないほどやらされているうちに、その場その場で、やるべきことに集中できるようになります。すると、損か得か、苦か楽か、自分勝手に判断することが少なくなる。そのように損得、苦楽の差がなくなることを、「さとる」と言うのです」永井宗直 ページ324
 
98点

『質素であることは、自由であること 世界でいちばん質素なムヒカ前大統領夫人が教えてくれたこと』著/有川真由美

  • 単行本: 201ページ
  • 出版社: 幻冬舎 (2017/8/24)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4344031644
  • ISBN-13: 978-4344031647
  • 発売日: 2017/8/24

 

要約>豊かになれば幸せになれるというわけではなく、働けば働くほど幸せから遠ざかる。人生には生きる意味が必要。家族やパートナーは安全地帯。日頃から守り育てていく必要がある。

 

感想>最初から著者がルシア夫人にベタぼれの状態。人生において消費以外の大切なことについて考えさせられる。もっとテーマである「質素と自由」について掘り下げてほしかった。82点

 

“自分自身“の生きる意味を持たなかったら、私たちは無意識のうちに、生き方を、何かに依存してしまうのではないだろうか。ページ52
 
周りに迎合して、小さいことから大きいことまで、社会の枠から外れないように生きていたら、一人一人が幸せになれないのは、当たり前ではないか。ページ53
 
^_^ ウルグアイのプランフントスに習って、日本で若者自ら古い家を修繕し住むことをサポートするNPO法人を作るのはどうだろう。

2章 考え方編16 本当に難しいのは「本当にやりたいこと」を見つけること

 この日本で国民年金額で暮らすことはそれほど難しいことではありません。

 

 まず住居ですが、日本では現在でも空き家率15%、将来的には30%を超えるとされます。まぁまぁの地方都市のまぁまぁ普通に暮らせる程度の中古の家は今も激安ですし、これからはもっと安くなるでしょう。私自身も10年ほど前に280万円で買った平屋建てに住んでいます。

 

hash-casa.com

 

 次に食べるものですが、玄米も、納豆も、鶏肉も、バナナも、体に良いとされるベーシックな食材は価格も安定し、格安です。テレビやマスコミに煽られて、高価な南米産の〇〇とか、奇跡の食材〇〇などは必要ありません。日本は健康的で体に良い食材にあふれています。

 

 そして、医療に関しては、国民皆保険が実施され、収入が少なければ保険料も減額されます。さらに高額療養制度があり高額医療の自己負担に上限が設けられています。

 

 この上、治安が良いのですから、日本は少し働いて、本当にやりたいことにたくさんの時間を使うという暮らしには最適と言っていい環境が整っているのです。

 

 では何が難しいのか?

 

 それはあなた自身が本当にやりたいことを見つけること。

 

 音楽、芸術、文学、言論、さらには子育てなどなど、あなたがお金にならなくても、誰かに褒められなくても、やりたいこと。それをやるだけで、それをやること自体が自分にとっての報酬になることを見つけることです。

 

 結果として、お金になったり、誰かに褒められたりするということがあれば、それはもちろん喜ばしいことですが、最初からそれが目当てでは、普通の労働と変わりません。

 

 むしろ好きでやりたかったことが、つらくて、嫌なことに変わってしまうのは最悪です。本当にやりたいこと、本当に大好きなことは、人生においてとても貴重で、この上なく大切な宝物なのです。

 

 より多くの報酬が得られるからとやりたくないことをやっても、それはあなたを幸せにしませんし、他人の称賛を得るためにやりたくないことをやっても、人の称賛というものは脆く儚いもので、たとえ一時、得られても、次の瞬間には裏返って非難と嫉妬に取って変わったりします。

 

 週休5日の国民年金生活で一番大切なことは節約などではなく、本当に好きなことことを見つけること、そしてそれを報酬や、他人の称賛のために歪めてしまわないことなのです。

 

 

2章 考え方編15 世の中は弱肉強食なんて嘘っぱち

「自然界と同様に、人間の社会も弱肉強食だから強くなければならない」

 

 そんな、ありがたそうで実はちっともありがたくないアドバイスをくれる人生の先輩があなたの周りにもいませんか?

 

 そんなのは嘘っぱちです。本当に世の中が弱肉強食ならその先輩もとっくに食われて肉になっているはずですから。

 

 冗談はさておき、実際は自然界も、人間社会も、弱肉強食ではなくて『適者生存』。

 

『適者生存』

 生存競争において、ある環境に最も適した生物が生存し得るという考え。 〔 H =スペンサーによって提唱され、ダーウィンが「種の起原」の第四版以降の「生存闘争」の章中に用いた語〕(大辞林より)

 

 その環境に適応したものが生き残るという理屈です。つまりは環境に適応していればライオンやトラじゃなくても、カメでも、ウサギでも、ナマケモノでも、生きていけるということです。

 

 誰もがトラやライオンを目指す必要なんてないのです。

 

 強くても環境に適さなければ滅びます。巨大な牙を持ったサーベルタイガーは絶滅しましたし、トラは絶滅危惧種で、現在は世界でも4000頭しかいません。

 

 さらに言えば進化をする必要だってないのかもしれません。最も原始的な生物であるアメーバだって適者生存の理論に則って、太古の時代から生き続けています。

 

 人間社会においても同じです。人間社会で確実に強者であったカルロス・ゴーンも今では塀の向こう側です。

 

 彼と彼の行為が日本の社会にいつの間にか、適応しなくなっていたことに彼自身、気づくことができませんでした。

 

 一方で人間社会は大きく広がり、さまざまな人が生きられる環境が生まれてきました。

 

 狩猟社会では狩りが上手な人だけが生き残りましたが、農耕社会になって辛抱強く畑を耕す人も生き残るようになり、社会が形成されて、面白い話をするひとや、美しいダンスをするひと、などなど、色々な環境が生まれて、色々な人々が生きていけるようになりました。

 

 現代は世界に70億人の人間が生きています。人間は他の生き物と違って自分で生きる環境を選ぶことができます。

 

 あなたが私同様に人間界のナマケモノだったり、進歩のないアメーバだとしても、きっと生きていける環境があるはずです。

 

 世間というものは油断をするとすぐにトラやライオンになるようにと私たちを追い立てます。

 

 人間社会のトラやライオンになれる人の数はごく限られている上に、トラやライオンになったからと言って幸福になれるとは限らないというのに。

 

 なぜでしょう?それは単純にわかりやすいからです。人間界のトラやライオンになれば、尊敬される、お金か儲かるなど、わかりやすい結果がもたらされます。

 

 世の中ではしばしば、事実よりも、わかりやすさが、優先されます。

 

 例えば、人が健康になるには様々な要因が絡み合っていて決して単純ではありませんが、ふくらはぎを揉めば健康になれるというような本が爆発的に売れたりします。

 

 わかりやすさに騙されないでください。

 

 もう一度言いますが、人間社会は大きく広がって、どんな人でも自分が生きるのに最適な環境がどこかにあるはずです。

 

 特に学生や生徒さんは限られた世界に生きているので、学校での生活に行き詰まると「世の中には自分が生きていける場所なんてない」と思い込んでしまうことが、あるかもしれませんが、学校なんて無限に広がる人間社会のごくごく一部です。

 

「学校よりも社会の方がずっと厳しい、学校でやっていけない奴が、社会でやっていける訳がない」なんて言う先生もいるかも知れませんが、それも嘘っぱちです。

 

 先生は学校という狭い社会に適応するタイプの人で、学業が終わっても、学校にとどまっているようなタイプの人ですから、学校でのやり方の延長で、どんな社会でも通用すると思い込んでいるだけです。

 

 何度でも言います。学校がダメでも、学校の外にあなたが生きる世界があります。あなたが人間界のナマケモノでも、アメーバでも。

 

 新年度が始まるにあたって、ちょっと説教臭くなりましたが、新しい学生さん。そして新しい社会人の皆さんに、幸多かれ。

 

 月額65,000円の国民年金額で愉快に暮らす人間界のナマケモノより。