『プルーストの記憶、セザンヌの眼―脳科学を先取りした芸術家たち』書評・目次・感想・評価

  • 出版社: 白揚社 (2010/6/1)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4826901585
  • ISBN-13: 978-4826901581
  • 発売日: 2010/6/1

【『プルーストの記憶、セザンヌの眼―脳科学を先取りした芸術家たち』目次と読書メモ】


<<用例>>
太字 もくじの写し
要約 内容の要約(ただし恣意的です)
引用 気になった部分をメモとして引用しています(最後に引用ページを記載)
名言 気になった名言をピックアップしてメモ
小話 後で人に話したくなるような内容をメモ
^_^  一読者としての意見・感想(笑顔ですが読者の感情ではありません)

第一章 ウォルト・ホイットマンー感情の本質
 
引用
科学理論を自然の鏡(ジェームズに言わせれば「真理のコピー」)だと考えるのはやめるべきだ。そうではなく科学の事実を、「私たちが経験との間に満足の行く関係を打ち立てるのを助けてくれる」道具と考えるべきだ。ページ35
 
^_^ 科学を権威から引き摺り下ろす激しい言葉だと思うし、一方における真理でもある。権威に過ぎれば引き摺り下ろすべきだが、逆に今はそろばん勘定に偏りがちの部分があると思う。
 
名言
理性は感情の奴隷であり、奴隷でなければならない(デイビット・ ヒューム)ページ37
 
^_^ これもまた力強い言葉だ。感情があり、理性を操るということか。
 
引用
人間の感情は身体と脳の絶え間ない相互作用から生まれる ページ39
 
^_^ ネットワーク思考でもそう学んだなぁ。
 
まとめ
魂とそれに従属する体という考え方は誤りで、体のありようを表すことが魂を表すことであり、体と魂は分け難く繋がっている。
体は迫りくる危険や分の悪いギャンブルなどを理性より早く気づいて反応している。魂から身体、身体から魂へと絶え間ないフィードバックが続くことで自分自身という意識が魂が存在するのだ。
 
第2章 ジョージ・エリオットー自由の生物学
 
われわれは「愛さねばならない」人を選ぶのではなく、愛さずにはいられない人を選ぶのだ ページ57
 
「避けられない運命に逆らって自分の羽を傷つけたりしないこと」も重要であるが、「自分の魂の全力を、少しでも見込みのある、より良い事の達成のために導入する事は、いつでも可能だ」。ページ64
 
実験室の霊長類はほとんど神経新生を抑制するような環境で生活している。単調なおりは単調なのを作り出す。霊長類は恵まれておりの中に映されない限り、それらの生体脳は新しいニューロンをほとんど新生しない。典型的な実験室の環境は動物を衰弱させ、間違ったデータを生むと言う認識は、神経新生の分野での偶然の発見の1つだった。ページ70
 
^_^ これは人間にも言えるのだろう。余りにルーティンに陥ると人間の脳も新しいニューロンを生まないのだろう。そりゃ、そうか生体だって不要なことはやらないよな。
 
うつ病は、突き詰めれば、新しいニューロンの量が減ることが原因で起こるのであり、セロトニンの欠乏によって起こるのではないことを示唆している。ページ71
 
^_^ 環境要因による脳へのダメージということなのだろう。もちろん、その耐性に個人差があるとしても。
 
生きていると言う事は、常に始まっていると言うことなのだ。ページ72
 
^_^ どこかで使いたい名言ではある。
 
ショウジョウバエの体には、感覚器官の働きをする長い毛が生えている。この毛の位置と密度はハエの体側の左右で違っているが、意図的にそうなっているのではない。ハエの両側は同じ遺伝子で記号化され、同じ環境で発達したのである。ハエの変異は細胞内の無原則な原子の押し合いの結果であり、生物学者が「発達性ノイズ」と呼んでいるものである(左手と右手の指紋が違うのも同じ理由による)。ページ80
 
^_^ならば一卵性双生児の指紋も違うはずと思って調べたら、やはり違うらしい。やはりDNAの影響は大きくはあるが限定的であるということか。驚き!
 
^_^ 我々の中にはカオスに支えられた自由が存在している。
 
第三章 オーギュスト・エスコフィエー味の本質
 
名言
人々の健康にとって最大の脅威は、近代になって、食事が「楽しみの場から不必要な雑用」へと変わってしまったことである。ページ86
 
第四章 マルセル・プルーストー記憶の方法
 
記憶は、最後にそれを思い出したときのものだけが真実なのである。何かを思い出すたびに、その分だけ記憶は正確さを欠いていく。ページ129
 
^_^ 記憶は取り出され、弄り回されて、再び棚に戻される。そして、その度にこぼしたコーヒーや手垢で汚れたり、都合の良い改変が行われる。ほんとに記憶ってあてにならない。
 
嘘をつかずに過去を述べる方法は無いのだ。人間の記憶は虚構のようなものではない。人間の記憶は虚構そのものである。ページ132
 
^_^ 容疑者と被害者がいて、その双方に犯罪が記憶されていたとしたら、実際はその犯罪が行われていなかったとしても、罪は成立するのではないか?そんなことを考えた。
 
第5章 ポール・セザンヌー視覚のプロセス
 
紹介書籍「プリンキビア・マテマティカ(数学原理)」
 
紹介書籍「幻想のテーブル」
 
セザンヌの絵画
参考絵画
モネ 日の出
^_^ 写真の登場が絵画を写実主義から解放し、印象派を生んだと考えれば、写真の手柄はとても大きいのではないだろうか?
 
シャトー・ノワールの洞窟の岩
草上の昼食
セザンヌ自画像
 
名言
もしそれが芸術なら、それは全員のためのものではない。もしそれが全員のためのものなら、それは芸術ではない(シェーンベルク)ページ190
 
^_^ そういうものだとわかっていても凡人はついつい大衆に迎合したくなる。
 
紹介書籍「音楽における情動と意味」
 
第7章 ガートルード・スタインー言語の構造
 
^_^ 言語から意味を剥ぎ取ることはできなかったということか?あってる?
 
第8章 ヴァージニア・ウルフー立ち現れる自己
 
引用
砲弾ショックは真性の精神病であることが認知されつつあった。エレイン・ショーウォーターによれば、医者たちはこの新しい厄介な病気を、ウルフのような女性たちに対して20年以上使ってきたのと同じ、効果の乏しい方法で治療した。そうした治療法の中には、臭化カリウムを投薬する、ベッドに寝たきりにさせる、無理矢理ミルクを飲ませる、などがあり、患者の歯を抜くと言う物もあった。抜歯は体温を下げると信じられていたのである。熱療法を受けた不運な患者たちもいた。この治療法は精神病者マラリアや肺結核や腸チフスの金を注射した。この残虐な治療に対して、1927年にはノーベル賞が授与された。ページ256
 
^_^ この事実はノーベル賞といえども盲目的に信じてはいけないということを示唆している。ましてやノーベル賞受賞者になぜか人格的な期待をしがちな日本人が多いことも実は滑稽なことかも知れない。
 
左脳・右脳だけでなく、人はさまざまな要素が絡み合って意識を形成している。私は常に私たちなのだ。
 
おわりに
謝辞
訳者あとがき
原註
参考文献

【著者・ジョナ レーラーさんの気になる著書リスト】

 

一流のプロは「感情脳」で決断する

一流のプロは「感情脳」で決断する