その場所で咲く『【出口学長の哲学と宗教講義】ダーウィンの進化論とストア派の哲学が教えてくれた「働き方の真髄」とは?』
世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。
その出口学長が、3年をかけて書き上げた大著がついに8月8日にリリースされた。聞けば、BC1000年前後に生まれた世界最古の宗教家・ゾロアスター、BC624年頃に生まれた世界最古の哲学者・タレスから現代のレヴィ=ストロースまで、哲学者・宗教家の肖像100点以上を用いて、世界史を背骨に、日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説したとか。
なぜ、今、哲学だけではなく、宗教を同時に学ぶ必要があるのか?
脳研究者で東京大学教授の池谷裕二氏が絶賛、小説家の宮部みゆき氏が推薦、原稿を読んだ某有名書店員が激賞する『哲学と宗教全史』。超多忙の出口治明氏を直撃した。(構成・藤吉豊)【この記事の画像を見る】
これは読みたい。覚悟がいる厚さらしいが。でも近隣の図書館にはなく、値段もなかなか。
● 川の流れに身をまかせる
――出口学長はたくさんの著書をお持ちですが、これまで1冊も、哲学や宗教を掘り下げた本を出されていませんでした。なぜ今、このタイミングで『哲学と宗教全史』を書かれたのですか?
出口:それは簡単な話で、今までどの出版社からも「哲学の本を書いてください」という依頼がなかったからです(笑)。
僕は、ダーウィンを信奉しているので、人生は偶然の産物だと思っていて、「川の流れに身をまかす」のがモットーです。自分から「こんな本を書きたいです」と出版社に企画を持ち込んだことは一度もなくて、どの本も、すべて、流れにまかせて書いてきました。
もちろん、与えられた役割を全力でこなすのが前提ですが、ちょっとした出会いや偶然をベースに生きているのが、人間という動物です。僕が日本生命に入社したのも、ライフネット生命を立ち上げたのも、APU(立命館アジア太平洋大学)の学長に就任したのも、すべてさまざまな巡り合わせや偶然によるものです。
川の流れに身をまかせると、どこに着くかはわからない。わからないけれども、着いたところで頑張ればいいと僕は思っているのです。
このどうにもならない部分と、どうにかなる部分をきちんと見極める姿勢には共感できる。
なんというか風で走るヨットというか。状況に抵抗するのではなく、状況を最大限生かし、その中で輝くという感じだろうか。
――出口学長は、日本生命時代に、関連会社への出向を命じられましたよね。明らかな左遷人事だと思うのですが、そういうときでも悩んだりせず、「川の流れに身をまかせよう」と割り切れたのですか?
出口:その理由は、僕と当時の社長の哲学の違いです。「海外進出したほうがいい」という僕に対し、社長は「国内の他社のシェアを奪えばいい」と考えた。出世したければ、トップに尻尾を振ればいいわけですが、僕は尻尾を振れないタイプですから(笑)。
「こんなひどい人事はない、社長を訴えてやれ!」と息巻く同僚もいましたけれど、トップとぶつかったら異動されるのは当たり前なので、そんなことでクヨクヨするのはアホらしい。恨んでもしかたがない。
組織の人事とはそういうものだから、まったく落ち込みませんでした。それどころか、出向したら一般には暇になるので「たくさん本を読んでやろう」と考えていましたね(笑)。――たしかに出口学長には、「クヨクヨするイメージ」がまったくありません。いつもサラッとした生き方をされているように思えます。なぜでしょう?
出口:人生を無駄にするのは、「すんだことに愚痴を言う、人を羨ましいと思う、人によく思われようとする」、この3つです。
この『人生を無駄にするのは、「すんだことに愚痴を言う、人を羨ましいと思う、人によく思われようとする」、この3つです。』という一文は額に入れて飾っておきたいぐらいの言葉だと思います。
「すんだことに愚痴を言う」 これは過去に生きないということで、過去から学んだことを今に生かす、過去変わらないのだから拘泥しないということ。肝に銘じます。
「人を羨ましいと思う」 これは他人と比較することで自分を傷つけるということですね。お金持ちになってももっとお金持ちが羨ましくなりますし、モテてももっとモテる人が羨ましかったりします。自分は自分、人は人。自分が羨ましいと思っている人も実は誰かを羨ましいと思っていると考えると、人を羨ましがるのが馬鹿らしくなります。
「人によく思われようとする」 これもとても大切ですね。人によく思われようとするのことは、自分の生き方を他人の評価に委ねること、もっと言えば人生を他人に支配されることでもあります。そしてそれはとても苦しい上にたいてい死ぬ前に後悔する典型的パターンでもありますよね。
すんだことは覆せないし、僕には才能がないから他人を羨んでもしかたがないし、自分のことを誰よりもわかっているのは自分なので、他人の目を気にしても意味がない。他人に何を言われようと、僕は僕ですから。
僕にできることは、川の流れに身をまかせて、たどり着いた場所で全力を尽くすことだけ。そのことがわかっていたから、およそどう事態が転んでもクヨクヨすることはありませんね。
晴れていれば晴れていて楽しいことをやり、雨の日には雨の日に楽しいことをやる、仲間がいれば仲間と楽しいことをやり、一人の夜は一人で楽しいことをやる。そういうことでしょう。
● 人間にできることは、 「適応」することだけ
――「川の流れに身をまかせる」というのは、自分に与えられた運命に逆らわない、という運命論な考え方なのですか?
出口:運命論というよりも、ダーウィンの進化論です。僕の世界観、人生観におそらく一番影響を与えたのは、ダーウィンです。
ダーウィンの進化論をひと言で説明すると、「運と適応」です。運というのは、適当な時期に適当な場所にいることです。
「世の中は何が起きるかわからないのだから、そのときに適応したら生き残るし、適応できなかったら滅んでしまう」というのがダーウィンの基本的な考え方です。「人間は、周囲の状況の変化に合わせた適応しかできない」という考え方は、ストア派にも近いと思います。
――ストア派というのは?
出口:ヘレニズム哲学の一学派です。ストア派の哲学者たちは、「自然の理法は、大河の流れのように、世界をつくり続けて過去から未来へと時間をつなげていく。その悠久の流れの中で我々は生まれてきたのだから、そのように与えられた人生を堂々と生きればよい」と述べています。
自然の理法に従って、今の自分に生まれたのであるから、その定めを真正面から受け止めて積極的に生きることを説いているんです。「与えられた人生を生きる」という視点は、ダーウィンと同じですね。
ストア派の関連書籍を読んでみたくなりました。
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ギリシア・ローマ-ストア派の哲人たち-セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレリウス
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● 出口治明が、 これからやってみたいこと
――出口学長がやりたかったこと、これからやってみたいことはありませんか?
出口:APUをよりよくしたいことのほかには、まだ、やりたいことがよくわからないのです(笑)。
――71歳になっても、まだやりたいことがわからないのですか?
出口:「還暦でベンチャー企業をつくって、古希で大学の学長をやって、次は何をやりたいのですか?」と質問をいただくのですが、いつも「ありません」と答えています(笑)。
今はAPUの学長をやっているので、「APUをもっといい大学にしたい」「学生も教職員もワクワクドキドキできる大学をつくりたい」と思う以外に考えたことはないのです。やりたいことがある人は、それに向かってチャレンジをすればいい。けれど、僕のように適性ややりたいことがわからない人は、川の流れに身をまかせ、今いるところで一所懸命やってみたらいい。将来、何が起きるかわからないほうが、人生は楽しいと思います。
将来何が起こるかわからないから人生は楽しいと言える71歳ってすごい。と思いつつ。年齢にこだわっているインタビュアーと自分。
子供でも、爺さんでも、与えられたのは今日一日、この一瞬なのだから、それをどうするか、ということだけ。頭ではわかっているのですが・・・。