お金だけが負債ではないことを、僕らはいつも忘れている

お金はとても、わかりやすく、強い力を持っています。僕らは意識して、自分自身の体の健康、自分自身の心、家族、社会について目を向けなければ、お金という魔物に人生の大半を根こそぎ持っていかれてしまいます。

 

 あなたには負債はあるだろうか。

 

 奨学金、住宅ローン、人によっては、親族、友人からの借金、サラ金に手を出して高金利に苦しんでいる人もいるかも知れない。

 

 しかし、それらは人が背負う負債の一部に過ぎない。

 

 もしあなたが世界的な大富豪で莫大な資産を持っていても、節制して暮らしていて借金が一円たりとも無いと胸を張っていても、負債がないということにはならない。

 

 それはただ貨幣経済の分野においては負債がないということに過ぎない。

 

 人が抱える負債はお金だけではない。

 

 まず自分自身の体に対する負債。健康に悪いと知りつつ、何年も運動らしい運動をしていないとか、忙しいことを理由にジャンクフードばかり口にしているとか。

 

 この自分自身の体に対する負債の取り立ては、経済における借金取りとは、比べものにならないほど、恐ろしい。

 

 借金取りは家屋敷を取り上げるが、この負債における借金取りは言わば死神で、命まで奪っていく。

 

 他にも負債はある。自分自身の心に対する負債。本当にやりたいことを脇に追いやって日々の経済生活に追われる人は多い。

 

 また頭を下げたくない人に頭を下げ、本心ではない笑顔を切り売りする。

 

 その苦痛を紛らわせるために酒と暴食に逃げて、それがさらに自分自身の体に対する負債を積み増してゆく。

 

 人生に置ける負債のリストはまだまだ続く。

 

 次は家族に対する負債だ。

 

 一緒に幸せになろと約束したパートナーとは幸福な時間を過ごせているだろうか?

 

 生まれて来てくれたことに感謝した愛おしい子供だちにはたっぷりと愛情を注げているだろうか?

 

 産み育ててくれた両親、慈しんでくれた祖父母に愛情と感謝を示せているだろうか?

 

 ビジネスや、金銭的には成功しながらも、家族との関係が悲惨、そんな物語はドラマでも定番の話だ。

 

 そして最後に社会に対する負債だ。

 

 それは、自分が生きる社会の隣で生き、共に社会を支えてくれている同時代人に対する"借り"でもある。

 

 それは真に隣人に対するものでもあり、遠く異国で生きるまだ見ぬ誰かに対するものでもある。

 

 更には自分にたどり着くまで命を繋げて来てくれた先祖に対する"借り"でもあり、返済はまだ見ぬ未来の子供たちに対して、ペイフォワードしてゆくものになる。

 

 例えば環境に負荷を掛けない生き方、物を大切にする、必要なないものを買わないというのも、社会に対する負債を増やさない、一つの貢献になる。

 

 どうだろう。こう考えていくと人は生きているだけでも負債が積み重なっていくものだと、ウンザリしてくるかも知れない。

 

 しかし、生きるというのは恐らく、そういうものなのだ。

 

  僕らは日頃、これらの負債には目を背けて暮らしている。

 

 そして一方で、経済的な問題とはいつも格闘している。最低でも週5で、やりたくない仕事をこなし、息子の将来の学費の心配をしながら残業し、目の前で遊んでくれとせがむ息子の手を振り払って、休日出勤に励む。

 

 なぜ、僕らはこんなにも経済的な負債ばかりに目を奪われてしまうのだろうか?

 

 一つは他の負債と比べて分かりやすいというのも、あるだろう。

 

 なにせ借金は明確だ。あなたの借金がいくらで、利息はいくらと請求書をみればすぐにわかる。老後に不足する金額は2000万円だと政府は言う。子どもを私大に入れるには最低300万円だと経済紙が言う、なんと明確なのだろう。

 

 一方で体に対する負債は健康診断の時だけだし、家族の不満は数値化できない。

 

 何より、大きいのがあなたが経済的な負債を必死に返済することで、利益を得る他人がたくさん、いるということだ。

 

 だから請求書はご丁寧に毎月、回ってくるし、テレビでも、ネットでも、家買え、車買え、旅に出ろ、外食しろと言ってくる。

 

 あなたがお金を使い、その負債を返すために働けば、利益を上げられる企業は喜び、税金を取れる政府も喜ぶ。

 

 そして経済的な負債を増やし、さらにその返済に励めと迫ってくるのだ。

 

 その結果、他の負債は見過ごされる。自分の体、心、家族、そして本当の意味での社会、環境。

 

 だから僕らはあえて、意志を持って、お金以外の負債に目を向けなければいけないのだと思う。

 

 人生における最も貴重な資源は時間だ。

 

 経済は油断をすると人生の大半を奪っていく、経済的発展が人の幸福に直結していた高度成長期は、もはや遥か遠い昔だ。

 

 僕らは自分の貴重な人生の使い方を、女性はもちろん老人も働く時代だと言う政府、大して変わり映えしないものを革新的な新製品だと言って半年ごとに売りつける企業、未だに経済発展だけが我々を幸福にすると嘯(うそぶ)く政治家たちから守らなくてはならない。

 

 それはもはや一人ひとりの戦いだと言っていい。